以前書いたJTの決算に関する記事で のれんに関するコメントをいただきました。
その際に「そういえばJTの海外企業の買収についてはあまり調べたことがなかったな」と思い少し調べたところ、なんとドンピシャな本が出版されているではありませんか。
当時、JTの代表取締役副社長を務めていた新貝康司さんの著書です。
さっそくポチって読んでみました。
『JTのM&A』の内容と感想
この本は2部構成です。
第1部はまさにタイトルの通り、JTのM&Aについて詳しく書かれています。ページ数は半分強。
第2部は「新CFO論」で、CFO(Chief Financial Officer / 最高財務責任者)について著者の思うところが書かれています。ページ数は全体の半分弱。
JTについて多少なり予備知識があったというのもありますが、実話ベースで物語性が強めなので全体的にとても読みやすく感じました。
第1部 世界で戦う ―M&A戦記
本書ではJTの数あるM&Aの中でも、
- JTIの土台となったRJRIの買収
- JTの競争力強化に大きく貢献することとなったギャラハーの買収
の2つに焦点が絞られています。
JTI…Japan Tobacco International。JTの海外たばこ事業を担う組織
RJRI…米国のRJRナビスコ社の米国外たばこ事業
これらのM&Aを軸として、
- JTの歴史
- どういった経緯で海外企業の買収が視野に入り
- どういった考えの元で実行に移したのか
- どういった問題に直面し、それを乗り越えたのか
といったことが詳細に書かれています。
日本専売公社からJTになった後、急速に円高が進んだり関税がゼロになったり…そして主力の国内市場がピークアウトしているという事実。
これらを受けてJTはなんとしてでも海外市場を取りに行かなければならなかったわけですが、先進国ではすでにたばこの販促や宣伝には規制がかかっており、その中で新参者としてブランドを育成していくのは時間的にも費用的にも厳しいものがありました。
さらに、関税の問題で「国内から現地へ輸出して販売する」というスタイルも厳しく、現地生産、現地販売という形にする必要がありました。
その結果、ブランドや商売に必要なインフラ、そして人材を手に入れるための手段として海外企業の買収に至ったというわけです。
買収の検討から交渉、そして統合完了までの障壁や打開策は、RJRIとギャラハーのケースでそれぞれ書かれていて、とても読みごたえがあります。
JT以外の企業のM&Aについての知識は皆無なのですが、それでもこれだけのM&A経験を積んでいてノウハウを蓄積していて、M&Aをし安い体制が整えられているというのはすごいことだと思います。
これらはきっと直近でのM&Aにも生かされていて、将来的にきっと成功だったと言われるのではないかと、そう思えてなりません。
JTのM&Aについてもっと知りたいという目的が果たせたのはもちろんのこと、M&Aを題材にした読みものとしても十分に楽しめました。
第2部 新CFO論
こちらはM&Aとは直接的には関係なく、著者の新貝さんがCFOになるまでの出来事や、CFOのミッションとは何か、などについて書かれています。
読み始めるまではあまり興味のない部分でしたが、私自身が経理・財務関係の仕事をしていたことがあったので身近に感じられたところも多かったです。
昨今の買収は根本的に間違っていないか確認
本書の第1部に、さらっと以下のようなことが書かれていました。
たばこ事業の事業量(総売上本数)を多変量解析した結果、
- 20歳~60歳までの人口
- 1人当たりの名目GDP
という2つのパラメータが強力な説明変数である
日本の場合、1人当たりの名目GDPはほぼ横ばいですし、人口は言うまでもなく減少の一途をたどっています。
当然、国内たばこの事業量は低下しており、たばこの売上を伸ばしていくには海外に目を向ける必要があるのです。
では、ここ数年で買収した企業の市場である国の人口や名目GDPはどうなっているのでしょうか。
もしこれが日本と同じような状況であれば、買収額うんぬんはさておき、根本的にちょっと間違っていると言わざるを得なくなってきます。
さすがにそんなことはないだろうと思いつつも、一応確認してみることにしました。
確認したのは以下の買収4件に関連する国の人口および名目GDPです。
- インドネシアのクレテックたばこ会社及び流通販売会社の買収に関する契約締結(2017年8月4日発表)
- フィリピンたばこ会社の資産取得に関する契約締結(2017年8月22日発表)
- ロシアたばこ会社等の買収に関する契約締結(2018年3月16日発表)
- バングラデシュにおけるたばこ事業の買収に関する契約締結(2018年8月6日発表)
総人口が伸びていれば、まぁ20歳~60歳までの人口も伸びているでしょうということで、総人口と1人当たりの名目GDPを見ていきます。
【補足】
- 元データの出典はいずれも世界経済のネタ帳です。
- 一部、IMFによる推計値が混じっています。
- 参考値として日本とアメリカのデータも含めています。
買収先の国の人口推移
人口の推移を見てみると、フィリピン・インドネシア・バングラデシュは比較的高い人口増加率であることがわかります。
ロシアの人口は1995年比で日本よりも低調なのですね。
買収先の国の1人当たり名目GDP推移(USドル換算)
JTが買収を決めた買収先の国は1人当たり名目GDPがしっかり伸びている国であることが分かります。
1995年比では4か国ともアメリカ以上に伸びており、特にバングラデシュは今後もグイグイ伸びていきそうな雰囲気が出ています。
買収先の国の名目GDP(USドル換算)
人口×1人当たり名目GDPで、その国全体の名目GDPになります。
というか、名目GDPを人口で割ったものが1人当たりの名目GDPですね。
これで見てもやはり、買収先の企業がある国ではしっかりと伸びていることが伺えます(というか、日本……)。
JTで行われた多変量解析が線形なのか非線形なのかは分かりませんが、結局のところその国の名目GDPとの関連が強いということなのでしょう。
そして、たばこ事業量の土台である名目GDPが着実に伸びている国のたばこ企業(事業)を買収していることが、今回の確認でよく分かりました。
★最後に
基本的にJTのプラス面が書かれた書籍なので、これをもってJT信者度を大幅に上げてしまうのは危険だという認識はあります。
しかし、本書を読む限りM&Aに対する考えの深さやノウハウはかなりのものであると言って良さそうです。
また、JTという会社が持つ価値観や考え方、風土みたいなものも垣間見ることができたのも良かったです。
今もこの本が書かれた時と変わっていないのか、実際のところどうなのか、といったことは分かりませんが、JT株を今後も買い集めていくというスタンスは崩さなくて良いという判断に至りました。